「自分なんて幸せになる資格がない」と思っている人が 生きるこの世の中は、本当に因果応報なのか?

 

 

 

「自分を愛せない」

 

「自分には幸せになる資格がない」

 

 

 

そう思ってしまう方々の心の中には、

 

「頑張れば報われる」

 

「悪いことをしたら、ばちが当たる」

 

 

 

こうした無意識のルールがあるのではないでしょうか。

 

 

 

実は、

このような因果応報の信念には名前があります。

 

公正世界信念といいます。

 

 

 

そして、

 

人間は無意識にこの信念を持っていると

 

言えるのではないでしょうか。

 

 

 

過去に色々とあったと思います。

 

 

 

人から傷つけられたり、

 

人を傷つけてしまったり、

 

自分だけが助かってしまったり、

 

 

 

色々な背景で、自責の念や罪悪感を持ってしまい、

 

「私なんて幸せになる価値がない」

 

「私なんて楽しむ資格がない」

 

そう心のどこかで自分を責めてしまう。

 

 

 

これは、

 

これは自然なこととではありますが、

 

ひとつの囚われです。

 

 

 

この囚われを手放すには、

 

まず、囚われていることを

 

理解することが必要です。

 

 

 

例えば、

 

プールで溺れそうになったら、

 

目を閉じて、やみくもにもがくよりも、

 

まず浮いて、目を開けて、

 

一番近いプールサイドまで泳いでみると思います。

 

(ちょっと変な例ですが)

 

 

 

「頑張れば報われる」

 

「悪いことをしたら、ばちが当たる」

 

と言う公正世界信念。

 

シンプルで直線的な理屈です。

 

以前のコラムでも勧善懲悪を手放すお話をしました。

 

 

これとも関連していますね。

 

 

 

よく考えてみれば、実際の世の中では

 

もっと複雑です。

 

 

 

もちろん、頑張ることは素晴らしいです。

 

 

 

ですが、

 

自分に罪悪感や自責の念があるからと言って

 

この先も楽しいことがない、幸せになれないと

 

いうことはありません。

 

 

 

もし、

 

「自分を愛せない」

 

「自分には幸せになる資格がない」

 

そう思って罪悪感や自責の念で苦しいときは、

 

 

 

「頑張れば報われる」

 

「悪いことをしたら、ばちが当たる」

 

 

 

因果応報の「公正世界信念」に

 

過度に囚われていないか

 

振り返ってみてください。

 

 

 

 

 

参考文献:

  • 人はなぜ被害者を責めるのか?(公正世界仮説がもたらすもの)

   公益社団法人日本心理学会 心理学ミュージアム

   https://psychmuseum.jp/show_room/just_world/

 

  • 基礎から学ぶ社会心理学 脇本竜太郎編著 2017年3月 サイエンス社